遠い花火

 


なでしこ祭は、終わった。

街中が、何ヶ月も前から準備し、その成功を願い、楽しみにしていた、なでしこ祭。
誰もが、その終わりにひとかけらの疑問を抱いたが、とにかく、次回は来年の夏なのだ、とだけ頭で理解していた。

「・・・『消』を使ったんですの?」
「うん。小狼くんが、そうした方がイイって・・」
小狼、という名前を口にするたびに、さくらは頬をピンクに染める。
(ほんの何ヶ月前までは、いくら李君が『さくらちゃんラブラブ顔』を見せても、
ほやや〜んでしたのに・・・)
知世は、そんなさくらを見て満足だった。
そう、これからは、クロウカード編も終わり、さくらカード編も終わり・・・
「ビデオシリーズは、さくら×小狼編【盗撮】ですわ〜!!!」
「・・・知世ちゃん、声に出してるよ・・」
まわりの生徒が、こちらを振り返っている。
「SS編ともいいますわ!」
「・・・知世ちゃん、だれに説明してるの・・」

今日は、なでしこ祭の後片付けのために、全生徒が出校することになっていた。
もちろん、小狼と苺鈴も参加している。
「苺鈴ちゃんと李君、あした香港に帰っちゃうの?」
千春が、劇の小道具を運びながら、苺鈴に聞いた。
「そうね。香港でも新学期が始まっちゃうのよ。」
「・・残念だね、せっかくまた会えたのに。」
「うん・・でーも!私はとても満足よ!!目的が果たせたから!」
オーホッホッホッホッホ・・!全て私のシナリオ通りだわ!
小狼も木ノ本さんも、なんて単純なの!!ま、クロウカードの助けもあったけど・・・
「・・・・め、苺鈴ちゃん?」
「ん?ところで、小狼知らない?」
「李君はね!」いつものタイミングで、山崎が首をつっこむ。
「さっき屋上へ行くのを見かけたよ」
・・屋上へ?
苺鈴は、小狼が屋上へ向かった気持ちを想像していた。

裏庭ではヒグラシが鳴き、空もほんの少し高くなり、夏の終わりを告げていた―――
 
小狼は、片付けの合間に、気が付くと屋上に来ていた。
「ここで、本当に色々なことがあったな」
眼下に広がる友枝町―――その出来事の一つ一つがはっきりと心に浮かび上がる。
長いことここで暮らしていたようだけど、以外と短い。

分かっていた。再び、この町を去らなければいけない事は。
でも・・・小狼は、金網に両手の指をからませた。
「何かが違う・・・前回香港に帰った時とは・・」
心の隅が、ちくちくする
靴の中の、どうしても取れない小石のように、ちくちくとする違和感。
(なんだろう、これは?)

「あ、李君。今探しに行こうと思っていたところですわ」
知世が、屋上から戻ってきた小狼を見て言った。
隣に、さくらも立っている。少しはにかんだ顔で、やはり小狼を見た。
「実は、今日の夕方、さくらちゃんとこれを返しに行って頂きたいのですが・・」
手には、古いロザリオを持っている。劇で使用したものだ。
「私は、大道寺さんと、夕食の準備をしておくから、小狼は2人で行ってきてね」
・・・やっぱり、そうなるのか。
半分は苺鈴たちの演出だという事は分かっているが、さくらも小狼も逆らわない。
むしろ、有難くその心遣いをうけとるべきなのだろう。

返す先は、丘の上の教会だった。夕方6時に伺って欲しい、ということだった。
二人は公園で待ち合わせをして、歩いて行く事にした。


―――約束の時間より少し早く、小狼は公園に着いてブランコに腰掛けていた。
ペンギン大王が、相変わらず口をあけて子供達を待っている。
「こいつには、いろいろ災難なことがあったな」
くすっと笑った。
小狼の眼に、この公園で起きたクロウカードやさくらカードにまつわる出来事が、次々と浮かんでは心を揺さぶっていく。
(・・思い出に、したくない。)
ちくり。  まただ。
  
「ごめんね!!時間どおりだと思ったのに、待たせちゃった?!」
さくらが、息をきらせて走ってきた。薄いベージュのワンピース姿だ。
ただ借りていた物を返すだけなのに、小狼と二人で行く、と思うとつい洋服を選ぶのに時間がかかってしまったのだ。
少し頬を染めてうつむくさくらを見て、小狼は改めて、その愛らしさに感動する。
やはり、かあっとなって横を向き答えた。
「俺も、今来たんだ。」
そう言いながら、さくらの手にあった紙袋を取った。ロザリオの入った宝石箱だ。
「・・い、行こう」
「うんっ」
嬉しそうに頷き、小狼と並んで歩き出した。

「―――いい雰囲気だわ!」
「これって初デートになるのでしょうか?少し地味な気もするのですが、どうしてわざわざこんなコースをお選びに?」
知世は、撮影中のビデオカメラを下して尋ねた。
「・・・小狼に見つけてもらいたい物が、あるの」
「え?」
「とても大事なことなのに、小狼、ずっと気付いていないの。」

太陽がその姿を、山に隠そうと急いでいた。かわりに月が、うっすらと目覚め始めた。


教会は、友枝町で最も高い場所にあり、その小高い丘からは町並みが一望できる。
そこに歩きつくまでの間、さくらと小狼は色々なことを話した。
考えてみると、お互いのことを知っているようで以外に知らない。
好きな食べ物や、好きな色。家族のこと、学校のこと。
小狼は、さくらの問いに照れながらぽつりぽつりと、答える。
さくらは、そんな小狼とおしゃべりできるのが嬉しいようで、いつもよりよくしゃべり、よく笑う。
教会へ着くのは、あっという間だった。

「本当にありがとうございました」
「――では、失礼します」
にこにこと微笑む神父様に、礼儀正しくあいさつを終え、二人は役割を果たした。
(これで、本当になでしこ祭が終わった。)
ちくり。
小狼は少し顔をくもらせた。本当になんなんだ、これ。
「小狼くん?どうしたの?」
さくらが心配そうに、覗き込んだ。
「なんでもない」あわてて目をそらす。なぜか、さくらには知られたくなかった。

さくらは、そんな小狼を不思議に思ったが、すぐに別のことに心を奪われ、
「・・・わあぁっっ・・!!!!」と、小さく叫んだ。
その声に、小狼が顔をむけると、その先には燃えるような夕焼けが広がっていた。

「とっても綺麗・・ね!小狼くん!!」
「・・・・・あ、ああ」
まったく、その通りだった。空の下半分は、文字通り真っ赤に染まっている。
そして、上の方へいくにつれ、その色は、赤からオレンジ、紫になり、頭上では紫紺のなかに、一番星がまたたいているのだ。
幻想的といってもいいくらいの景色に、小狼は言葉を失っていた。
夕焼けなど、香港でもどこでも何度も見てきたじゃないか。けれど、この夕焼けは・・

『・・本当に大切なことは、目に見えない。本当に美しいところは、目に見えない』
さくらが、ふと口にした。
「・・小さいころ、読んでもらった絵本の言葉なの。その時は、全然意味がわからなかったけれど。」
「・・?」
小狼にも、意味が理解できない。さくらって、不思議なことを言う・・。

しかし、その時。確かに、なにかが小狼に起きた。

突然、夕焼けが胸から入り、体中ではじけ、肉体の感覚を消した。
そして、さっきまで小狼をちくちく刺していた感情は、その瞬間に溶けた。
かわりに、その心を満たしたのは、こみあげてくるような切なさだった。

瞬きをするたびに、景色がかすむ。

教会から、かすかに賛美歌が聞こえる。

はるか彼方で、花火の音が哀しげに消えていく―――。


―どれくらい、時間がたっただろう、気が付くと、夕焼けは紺色の夜空に変わり、いくつかの星がちりばめられていた。まだ、下のほうは少し明るい。
小狼は、自分の手を見た。もう、この世から消えてしまったような気がしていたのだ。
だが、ちゃんと存在している。今、長い夢から覚めたようだった。

顔を上げると、少し離れたところにさくらが立って、静かにほほえんでいた。

「ね、どうしてかな」
さくらが、いったんその視線を下におとし、また、小狼の方を向いた。
「どうして、1人でみる夕焼けより、2人で見るほうが、淋しいの・・・?」

――淋しい――?・・・・サビシイ?

その言葉が、その響きが、小狼の胸を貫いた。
あぁ、本当は今まで言葉にするのが怖かった。でも・・・

「・・・うそだ」俺が、淋しい、だなんて、
「小狼くん?」
「うそだ!!」
小狼は、さくらにくるりと背を向けて、半分叫ぶように言った。

(わ、わたし何か変なこといったのかな・・・)
さくらは、焦って言った。
「ご、ごめんね!気にしないで!あまり夕焼けがキレイだから、つい、分かんないこと言っちゃって・・・いまの、忘れて!」
「・・え?ち、ちが・・!!」
自分の言葉で、小狼が怒ったと思ったさくらに、小狼はあわてて誤解をとこうと振り向き、その顔を見たとたん、今度は本当に胸が苦しくなった。
(・・香港の夕焼けには、さくらがいなかった・・今までも、これからも・・)

そうか、ずっと苺鈴が俺に言いつづけたのは、このことだったんだ。
弱くて情けない自分に、今まで気付かない振りしてきた。でも、それじゃ前に進めないんだ。小狼は、目を閉じ、その拳を強く握り締め、胸を押えた。
そして。弱い自分と静かに向き合った――
(・・・大丈夫。)
そっと、眼を開いた。自分を消し去る事なんて出来ないんだから。
それに、この気持ちも俺の一部なんだ・・・。
それにしても、なんて長いこと気付かなかったのだろう?

オレ、ズット、サビシイト、オモッテイタンダ・・・・

「小狼くん・・・、あの、どうしたの・・・?」
あらためて、さくらの顔を見る。ここに、さくらがいなければ、きっとこの気持ちに、気付きはしなかった。さくらと会ってから、俺、どれだけいろんな事を知っただろう・・。

「・・前にも言ったけど、おまえと会えて本当によかった。」
「え?ど、どーしたの?」さくらは、かあっとなった。

小狼は少し笑って、右手をさくらのほうへまっすぐ差し伸べた。

「帰ろう」

さくらは、その手の意味を理解するのに時間がかかり、ぽうっとして小狼を見つめた。
でも、すぐに我に返って、その手をそっと優しく握った―

ありのままの自分を受け入れる事ができたら、そして昨日のさくらの言葉があるなら・・・
(俺、きっと、もっと強くなれる)
さくらの手をぎゅっと握って、前を見た。

(なんだか・・小狼くん今までと違う)
さくらは、まだ頬をピンクに染めている。辺りが暗くて本当に良かったと思った。
どこか、大人びたような小狼の仕草に、さくらはドキドキした――

二人の初々しい「おててつなぎ」に、知世と苺鈴は顔を見合わせて微笑む。
「苺鈴ちゃん、本当に李君のこと、よく解ってらっしゃるのですね」
「あら、大道寺さんだって、木ノ本さんのこと本当によく見てるじゃない。それと同じよ?」
「・・・大切なお友達、ですわね・・」
知世は、じっと二人を見つめた。
「さあ!小狼達より先に帰って、夕食の用意よ!!」苺鈴が、励ますように言った。


――翌日午後、空港には小狼・苺鈴を見送りに、さくらと知世がいた。
「クラスのみんなも、お見送りに来たがっていましたわ。けれど、李君が必死で止めるものですから・・・」
当り前だ!これ以上淋しい場面はごめんだ。
苺鈴は、小狼を見てふふっと笑った。
「・・なんだ!」少し照れて、怒ったふりをする。
さくらだけが、なにもしゃべらずにうつむいていた。
苺鈴はそれに気付き、知世を促し二人で先に搭乗手続きに向かう。

広くて賑やかなフロアに取り残され、しばらく小狼とさくらは黙ったままうつむいていた。
その沈黙を打ち破るように小狼が言った。
「・・その制服」
「え?」
「夏服を見るの、多分これが最後だな。」
「あ・・そうだね、もう来年は中学だもんね。」
さくらは、学校から直接来たため、制服のまま空港に駆けつけていた。

「・・・おれ、友枝小の制服、好きだったよ。あまり着ていられなかったけど・・・。」
「だって!小狼くん!!」
さくらは、叫ぶように言ってしまい、自分でもびっくりした。
――そんな、遠い眼をするから――
「・・・・小狼くん、誰よりも、似合ってた・・!!」
小狼は少し笑った。
「ありがとう。」
さくらは、本当に小狼の制服姿が大好きだった。後ろ姿ばかり見ていた気がするけど、それは小狼がいつも前にいて、身を呈してくれていたからだ。小狼のうなじから、なんだかいい「におい」がしている、といつも思っていた。
その時から、もう小狼のことを一番に想っていたのかもしれない・・・

再び沈黙がやってきたが、また小狼が打ち破った。
「昨日、おまえが教えてくれた言葉の意味、なんとなく解ったんだ。」
「・・絵本の言葉のこと?」
「ああ」小狼はうなずいた。
「俺、昨日の夕焼け、不思議なくらい心に響いた。」
「うん。・・・そうだね」
「あの夕焼けがあんなに美しかったのは、さくらと一緒に見たからだ」
「私と一緒に見たから・・?」
さくらは、小狼の言葉を繰り返した。
「眼には見えないもの・・今まで気付かなかったもの・・俺それを見つけたから」
「・・それ、なに?」
小狼は笑ってその問いには答えずに、さくらの肩に手を置いた。

「おれ、必ずまた、さくらと同じ制服を着るよ。」
さくらは、小狼の眼をだまって見ることしか出来ない。
口を開けば、涙が出そうだった。
「時間がかかるかもしれない。けど、きっと戻ってくる。」
静かだが、力強い口調が、小狼の心を表していた。
「・・・俺のことを、信じるか?」
さくらは、胸にかかえていたバッグをぎゅっと抱きしめた。
その中には、小狼のくれた熊のぬいぐるみと「希望」のカードが入っている。
そして、小狼を見上げた。
「・・信じてる・・・。小狼くんも、自分も。」
涙をみられては、いけない。小狼が、行きにくくなる。心配そうな顔をしている。
さくらは、顔をぷるぷるっと振った。

「私なら、大丈夫だよ!?知世ちゃんもお友達もいてくれるし、毎日いっそがしいし。あ、勉強のことだよ、遊ぶことじゃないんだから!」
さくらは、笑ってみせた。
「今度小狼くんが帰ってくるまでに、お料理も上手になってたいし、お裁縫も編物ももっと練習するよ。元気だけがとりえなんだよ、わたし!」
「・・・・」
「もしも、もしもまた何か事件がおきても、平気。ちゃんと、泣かずに落ち着いて考える。
・・・あ、泣かずにっていうのは自信ないけど・・・でもでも、カードさんたちもケロちゃんも月さんも、きっと力を貸してくれるから!だ、だから、大丈夫・・」
「・・・さくら」
「――だから!もう、行っていいの!」
強がっているのは、お互いわかっていた。
でも小狼は、さくらのその心遣いにこたえなければと、後ろ髪を惹かれる想いでやっと次の言葉を言った。

「じゃあ、また・・」

さくらの方をむいたまま、後ろ向きに歩いていく。少しでも、この眼に焼き付けたい。
さくらが、ぎこちなく笑っている。その笑顔が、小狼をいっそう切なくした。

絶対、だいじょうぶ。

小狼はくるりと振り向きゲートへ向かったが、すぐに歩みを止めた。
背中の向こうで、さくらが涙を我慢して手を振っている。見なくても分かる。
小狼は、息が止まりそうなほど胸が痛かった。
できることなら、駆けて行き、さくらを抱きしめたかった。
できないことも、分かっていた・・

それでもなんとか顔を上げ、香港へ飛び立つ飛行機へ向かって今ようやく歩き出した。

飛行機の翼が午後の光を浴びて、きらきらしている。
その光は、淋しさの行方をまるで知っているかのように、きらきら、きらきらいつまでも揺らめいていた。

おしまい



エピローグ

新学期。再び日常生活に戻ったさくらは、沈む気持ちのまま、始業式の行われる校庭で喧騒の中にいた。見慣れた光景。大勢の制服姿。けれど、なにかいつもとちがう?
さくらは、辺りを見回した。
「・・・あっ」
小狼がいる。校庭の隅にある一番高い木の枝に制服姿で足を組み、難しい顔をして、こちらを横目で見ている。小狼は、その木を好んで枝によく腰掛けていた。
(そこに、いたね。小狼くん)
さくらは、にっこり微笑んだ。いい「におい」がした。

小狼も、再び香港で日常生活に戻った。偉との剣術の訓練中ふと顔を上げると、空が少しオレンジ色に染まっていた。ぼうっとみとれていると、隣に誰かの気配を感じた。
さくらだ。さくらが、こっちをみて静かに微笑んでいる。
(いつも、一緒に見てる)
離れていても、この夕焼の美しさの中に、さくらの笑顔がある。
「さ、続けよう、偉」

―――それから数ヵ月後、桜吹雪の舞う中で2人は「希望」のもつ力を知ったのだが、それはまた、別 のおはなし・・・・

 


そう、小狼くんはさびしかったんだよね、ずっと…。
さくらちゃんに出会わなかったらその事に自分で気付くことなかっただろうね、本当に。

小狼サイドの話だからでもあるのでしょうが、心情描写が繊細で読み逃すのがもったいないくらい
一文一文が美しいです!目を見開いて暗記しちゃいたいくらいです〜。
そして別れの時のお互いへの思いやりがものすごく切なくなる…
ここまで感情移入できるのはやはりじいまさんの文章がすごくお上手だからだと思います。
なんつーかもう、私ボキャブラリーないし文章サッパリなヤツなので上手く言えませんが
すごい感動させて頂きました!

じいまさん、素晴らしい小説をありがとうございました!


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送