だからここにいる

 


春爛漫。
窓から暖かな春の光が差し込み、強烈な眠気をさそう。
だめ・・まだ、授業始まったばかりなのに・・
さくらはあくびをかみ殺した。この数学って、本当にちんぷんかんぷん、なんだから・・・
(中学生やるのも、大変だよ〜)
続けて、ため息をついた。
隣で知世がくすくす笑っている。さくらは、テレ笑いした。

「みてみて、あの子!すごくない?」
前の席の女の子が、窓の外の校庭を指して、隣の子とひそひそ話している。
さくらもその方向に目をやると、体育の授業でサッカーをやっている小狼を発見した。
はにゃ〜小狼くん、足はやーい。え?『あの子』って、もしかして・・
「ほら、入学式に出てなかった子だよ。たしか香港から来た・・」ひそひそ話は続く。
やっぱり!小狼くんのことだ!!
さくらは話の主を見た。
別の小学校から来た子だ。小狼くんの事、知らないんだ・・
「顔とかって女の子みたいなのに、すっごく運動神経いいよね〜。」
「あ・同じ組の子が騒いでた。でも、見かけと違って硬派らしいよ。女の子には興味ないって感じなんだって」
「え〜うそ〜。残念〜」「なんで、あんたが残念がるのよ」きゃっきゃっ、と笑っている。
さくらは下を向き、まるで悪いことをしているかのようにドキドキした。

そっか、小狼くん、有名なんだぁ・・
再び小狼の方を見た。
軽い身のこなし。するどい蹴り。とっても楽しそう。
しばらく会っていない間に、小狼はとても「男の子っぽく」なっていた。
その時、小狼がさくらの視線に気付き、その3階の教室を見上げた。
あ!眼あっちゃった?は、恥ずかしい・・みとれてたの、バレたかな・・・

小狼はその視線をそらさずに、動きを止めてしまう。
「あぶない!!」
サッカーボールが、小狼の後ろ頭に命中した。
「!・・・ってぇ」
他の男の子から、笑われてじゃれあっている。もう一度さくらを見て、走っていった。
(・・・小狼くん・・)
なんだか、ドキドキが止まらない・・・
「ねぇ、今こっち見てなかった?なんか、私、視線感じたもん!!」
「ちがうよ、私のこと見たんだよ、李君〜」
前の席の女の子達は、勝手に盛り上がっている。
さくらは、少しその様子に躊躇して下を向いた。
(やっと、やっと会えたのに――)

小狼が、日本に帰ってきたのは1週間前。
桜吹雪の舞う中、通学途中の道に夢のように立っていた。
(あの時、抱きしめてくれたけど・・)
それからというもの小狼はとても急がしそうで、ゆっくり話す暇もない。
どうも日本在住のための手続きをしているらしいのだが、さくらにはよくは解らなかった。

「今日こそ!お話しする!!!」
ぐっと決意した。

――放課後――
HR終了後、さくらがダッシュして向かった先は、2つ隣の小狼の教室だ。
どこ、どこ?
生徒1人1人の顔を確かめていくが、小狼はいない。
まだ、大勢が教室に残ってはいたが、さくらが小狼を見逃すはずは無かった。
も、もう出て行っちゃったの?
廊下に戻り、きょろきょろする。と、遠くの階段の降り口に向かう角で、小狼の後姿らしきものを発見した。
さくらも、慌てて後を追う。
2段飛ばしで階段を駆け下りるが、小狼を見つけることは出来ない。
(ぜっったい、追いつくんだから!)
下駄箱に向かう。
小狼のクラスの靴箱を覗くと、なんともうすでに上靴が収まっているではないか!!
自分も靴を履き替え、玄関を飛び出る。

中学校は、さすがにローラーブレイドは禁止だった。
毎日そのことについて愚痴を言ってきたが、今日ほど不満に思った日はない。

小狼くんのマンションは、こっち――

「あぁ、もう使っちゃおう!!」

さくらは、人気のない道路の植え込みの陰で、小さな声で封印解除した。
「『翔』!」
人目につかないようにするためには、かなり上空高く舞い上がらなくてはならない。
さくらは友枝町が見渡せるほどの高さまで、一気に上昇した。
「小狼くん!!」

「・・ん?」
小狼は、誰かに呼ばれた気がして動きを止めた。
そこは、午後の買い物客の人ごみの中で、とても上を見上げることなど出来ない。
(気のせいか)
先を急いだ。

「・・・小狼くん・・・」
さくらは少し弱気になって、今度は小さな声で小狼を呼んだ。
私が呼んでるの、分からないのかな・・・
会いたいと思っているの、私だけなのかな・・・

その時、商店街の中に、遠く小狼の姿を見つけた。
今度こそ、間違いない!!
さくらは体を傾け急降下したが、やはり人気のない商店街のはずれでないと、着地は不可能だ。
魔法を使うのも、案外不便だ。

ついさっき、小狼を見つけた場所めがけて走る。商店街の噴水の近くだ。

(もう少し・・・)

さくらは、少し先に見える噴水の水しぶきの中で、確かに小狼の制服姿をとらえた。
小さな虹がかかっていて、蜃気楼のようだとも思ったが、無我夢中で走っていく。

「きゃっ!!」
噴水だと思ったのは、なんと花屋の店員が石畳の上にまいた、ホースの水だった。
さくらは、まだ初夏には程遠い季節だというのに、思わぬ水浴びをしてしまった―――

「だ、大丈夫?!!」
花屋のお姉さんがさくらのもとに駆け寄り、タオルでふこうとするが、さくらはそんなこと気にもとめない様子で叫ぶ。
「今!友枝中の制服を着た男の子、通りませんでしたか!?」
「え・・?あ、ああ、あっちの公園の方へ行ったわよ。その子・・・」
「ありがとうございます!!」
さくらは深々と頭を下げて、もう走り出していた。

「あら。行っちゃった・・・」

公園・・・ペンギン公園・・そこに行けば小狼君に会える!!
さくらは、ペンギン公園に小狼がいると確信していた。理由もなく信じていた。
その公園が2人にとって特別な場所だと思っていたからなのだが、だんだん近づくにつれ、さくらは、どんどん嬉しくなっていった。無意識にこぼれる笑み。

―――しかし、小狼は、そこにはいなかった。

「いない・・・。どうして?どうして、会えないの・・・?」
同じ町にいるのに。こんなに近くにいるのに。こんなに会いたいのに。
まだ、香港と日本との距離だったころの方が、よっぽど近くに感じた。
さくらは、言いようの無い孤独感に襲われた。

私、もうずっと小狼くんに会えないんだ。
もう、お話しすることも、触れることもきっと、出来ないんだ・・・
小狼くん、私の事なんてもうどうでもいいんだ・・・
あの暖かい手にも、もう握ってもらえないんだ・・・!!
頬を、涙が伝わる。
「だめ、泣いちゃ・・・小狼くんに怒られちゃう」
でもその小狼に、どうしても会えないのだ。そう思ったとたん、さくらは大粒の涙を声もなく流した。
そして行くあてもなく、とぼとぼ歩いた。


「あぶない!!!」
その声と同時に、さくらは横断歩道の途中から、抱きかかえられ宙に浮いた。
なにが起きたの・・・?
地面にうずくまったまま、見上げたその眼に写った影は・・
「小狼くん・・」
車道では、軽自動車の運転手がこちらに向かって何か叫んでいる。
さくらは赤信号に気付かず、横断歩道を渡ろうとしていたのだ。

「なにやってるんだ!!もう少しで車に轢かれる所だった!!」
小狼が、青ざめた顔で叫んだ。
・・・幻じゃない。本物の小狼くんだ・・。
さくらの眼から、ぽろぽろと再び涙がこぼれおちた。
事故への恐怖と、自分の情けなさと、何より小狼にやっと会えた安心感が、全部入り混じって拭いても拭いても涙が出た。

「ち、ちがう、怒ってるんじゃないんだ!俺、本当にびっくりして・・つい大きな声が出ただけだから!」
小狼は、さくらの涙にかなりうろたえている。
「間に合わないかと思って・・・本当に心配したんだ・・」
焦った自分のことが、照れくさいみたいだ。
「・・・ごめん」
さくらは、まだ泣き止まない。

「―――ちがうの・・。」
ようやく、さくらの口から言葉がでた。
「もう、小狼くんに・・会えないと思ったの・・。もう、私のこと、忘れてしまったんだと思ったの。今日ね、ずっと、ずっと探してて・・・」
小狼は、思いもしないさくらの言葉にきょとんとした。
「・・探してたのに、小狼くん何処にもいなかったから・・」
「――俺、さくらの家に行こうとしてたんだ。」
ほぇ?そういえば、ここうちのすぐ近くだ。そういえば、小狼くんの通った道って
(私の帰り道だ・・・)
さくらは、力が抜けた。
ばっかみたい。私ってば、なんでもう会えない、なんて思ったんだろ・・
まだ涙の跡もかわかないうちに、2人は顔を見合わせて笑った。


「・・・もしかして、その髪が濡れているのも、俺を探して?」
「・・う、うん」
さくらは、急に恥ずかしくなって、真っ赤になった。
「そ、そんなに一生懸命、探したのか・・」
「・・うん」
小狼は、さくらのその姿が、いじらしくて、本当に可愛くてたまらなかった。
「そ。そうか・・・。」
小狼も、真っ赤だ。

久しぶりに会ったさくらは、本当にキレイになっていて、小狼には眩しかった。
そんなさくらから見られるだけで、石化の呪文をかけられたように固まってしまうから、ここ何日か小狼は、さくらをまともに見ることが出来なかった。


「はっ」
小狼は、ただならぬ殺気を感じて、身をひるがえした。
さくらの家の玄関からだ。みると、自転車にまたがってバイトに向かおうとしている桃矢が、今にも襲い掛かりそうな顔をして、小狼をにらんでいる。
小狼と無言で火花を散らしたあと、ぼそっと言った。
「・・・おい、さくらに風邪ひかすなよ」
頭に怒りマークをつけたまま、何度も振り返りながら、行ってしまった。

「よかったら、上がってかない・・?」
「あ、ああ。」
そういえば、小狼くん、私の家に向かってたって・・・。なんのご用だったんだろ?
さくらは、そう考えながら髪を乾かし服を着替え、小狼のためにお茶を入れた。

(ここに来るの、久しぶりだな。)
何度来ても落ち着かない。さくらの家というだけで、そわそわしてしまうのだった。

「さっきは、助けてくれてありがとう」
さくらが、お茶を手にしてリビングに入ってきた。
「私、すぐにお礼言えなくって、ごめんなさい・・」
「いや、別にいいんだ。」
「・・・私、本当にいつまでたっても小狼くんに助けてもらってばかりだね。ぜんぜん、成長してないよね・・・やだな」
そう言って小さくため息をつき、うつむいた。
「わざとじゃないんだけど・・・」
小狼は、その言葉が終わらないうちに、ソファに座っているさくらの目の前に黙って立った。
ずっと背中に隠していた包みは、小さな花束だった。
リボンもラッピングもない、小さな花束――
それをわざと無造作に差し出し、さくらの顔を覗き込んで言った。

「俺、さくらの危なっかしいの止めるために、ここへ戻ってきたんだ」
さくらが、おどろいて小狼の顔を見た。まじめな表情をしている。
「――だから、そんなこと気にするな。」
呆然として、さくらはその花束を手にとり、中を見た。
「・・・八重桜・・」
桜の中でも、八重桜は開花が最も遅い。しかし、桜は枝を折ることが出来ないため、あまり手に入らないはずだ。
でも、そこにあるのはまぎれもなく桜の枝だった。
「きれい・・」
さくらは、ふんわりと幸福感につつまれた。小狼くんが、お花くれるなんて。

「それ、遅くなったけど誕生日のお祝いだ」
「あ・・」
さくらは、もう数週間まえの誕生日に、小狼が言った言葉を今思い出した。
確かに、近いうちに渡すから・・・と謎のようなことを言っていた。
きっと、普通じゃない方法で手に入れたのだろう。さくらは聞かなかったが、それが分かっていた。
「・・ありがと。」
桜の花束に頬を寄せ、小狼の顔をみて言った。とてもとても嬉しかった。

小狼は、さくらがやっと笑ったので安心し、ふっと後ろを向く。
「本当は俺、不安だったんだ」
「何が・・?」さくらが聞いた。小狼は、小さく咳払いした。
「――友枝町に自分の意志で戻って来たけど、さくらには迷惑なんじゃないかって。」
さくらは、驚いて言った。
「なんで私が迷惑なの?嬉しいに決まってるよ?私、本当に本当に、小狼くんのこと待ってたんだから・・!うー・・言葉に出来ないくらいだよ!!」
「ああ・・でも頭のどこかで、俺の独りよがりなんじゃないかって思っていた。さっきまで。」
小狼は、かああっとなっている。
「だからさっき、おまえが俺を一生懸命探してくれてたって聞いた時、本当に嬉しかった・・」
照れくさそうに言った後、しばらくそわそわしていたが、鞄を手に取った。
「じゃ、帰る」
え・・・もう?さくらは思わず立ち上がり、小狼の鞄をつかんだ。

「・・・せっかく会えたのに?」
さくらは、じぃっと仔猫のような顔で小狼を見た。

(そんな眼をして、黙るなよ・・)
さっき、こいつ俺のために泣いていた。大切にしたいと一番思っているのに、その俺が泣かせてしまった・・・。そんなこと、もう絶対いやだ。絶対に、いやだ。

「・・・あした、夕方また来る。今日で手続きは全部終わるからな。」
そう言って、さくらの頬にかかった髪を左手でやさしくかきあげた。
「うん・・。わかった・・。」
小狼から触れられた瞬間、さくらは体に電気が走ったような衝撃を感じた。
「明日、きっとだよ」
にこっと微笑んで、ようやく小狼の鞄を離した。

「小狼くん」
玄関を出て行く小狼の後姿に、さくらは声をかけた。
「どうした?」
「今日、体育の時間、私のこと気付いてた?」
小狼は、うっ、と引いた。
(や、やっぱり、見てたのか・・!ボールが当たったところ。)
小狼は、決まりが悪そうに横を向いた。
おまえのせいだからな、おまえがなんだか淋しい顔してたからだ、と言いたかったが、さくらの事をいつも意識しているのがバレそうで、やめた。
「・・・あたりまえだろ。」
「前の席の子じゃなかったんだ・・・」さくらは、嬉しそうにつぶやいた。

門扉をあけ出て行く小狼に、さくらはまた声をかけた。
「・・小狼くん。」
「なんだ?」
「え・・えと・・その・・。」
小狼は、少しおかしそうに笑っている。
「・・・桜の花、本当にありがと。」
「いいんだ」
「私、私ね、今小狼くんがここに居てくれて、本当に嬉しい・・。」にっこり笑った。
そんなこと、誰にも言われたことが無い小狼には、くすぐったい。
「・・また、明日な・・」
テレッとして小狼は、歩いていった。

さくらは、いつまでも見送っていた。

小狼は、よく分からない安心を感じている。
ようやく、帰ってきたという実感がわいたからだろうか。

――俺、知ってたよ。
あの時、さくらが空港でも泣きながら、飛行機をいつまでも見送ってくれていたこと。
その時決めたんだ。おれは、もう二度とさくらの涙を置き去りにしない、と。

「ここにいたら、出来そうだな!!」

小狼は独り言をつぶやいて、なかなかさくらに会えない「敵」を片付けるために駆けていった――

                          
 おしまい

 


じいまさんの3部作、完結編?は期待どおり中学生で、本当にとことん楽しませて頂きました!
一生懸命災難にあいながらも探す桜ちゃんがいじらしくてかわいさ大爆発です…w
小狼が桜ちゃんに触れるところで悶絶。ぐはっ(吐血)

小狼が桜ちゃんの側にいる堅い決意がひしひしと伝わってきまして、その想いにジーンと
熱くなります。お互いを想い合う気持ちがギュッと詰まってますよね…。


じいまさん、本当に素敵な小説ありがとうございました!

 

 

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