キャンパス・ラブ

 

7月。 梅雨も明け、夏の太陽が燦々と降り注ぐ、この季節。 人々の目を和ませるはずの街路樹も、連日のこの暑さに葉がぐったりと元気をなくしているように見える。
道を歩くサラリーマンの手には必需品のようにハンカチが握られ、また買い物帰りの主婦はパラソルを手に、照り付ける日差しを疎ましげに見上げている。
散歩に歩く犬も舌を出し息を荒げながら主人の隣りを付いていっている。
まさしく「夏本番」を迎えつつある、今日の天気と気候。
だが。
そんな暑さをものともしないように、元気に歩き、意気揚々と動き回っている集団がいた。

──とある大学のキャンパス内。
もう今週末には長い夏期休暇が控えているとあって、これからの予定を楽しく友人と話す姿、 休暇中に試合があるのだろう、サークル活動に精を出す者、 またサークル内で旅行を計画しているのだろうか、仲間が集まりワイワイと相談している様や また、出された課題を懸命にこなしている学生達の姿が、校舎の敷地内のあちらこちらで見受けられる。
皆、暑さで茹だるよりも来週から始まる夏のバカンスの計画を立てるほうが楽しいのか、笑顔でキャンパスの中を行き来しており…
それはこの、校舎の外の一角に設けられている、芝生と木々が植えられた──ちょっとした庭園のようになっている場所も例外でなく、何組かのカップルが楽しそうに雑談に花を咲かせていた。
ここはカップル達に好評な場所で、よく待ち合わせや次の講習の一休憩として使われている。
今日も、これからデートにでも出掛けるのであろうか、概ね本日の講習が終わったこの時間帯、手を振って歩いてくる女性に待っていた男性が笑顔で出迎え、キャンパスを出て行く姿が目立ち、見かけられていた。

そして──ここにも、一組。
「小狼君、待った?」
栗色の髪をなびかせ、ハアハアと息を切らし、急いで1本の木の根元に、まだ少女と呼べるに充分な外観を持つ女性が走っていく。
「いや…」
小狼と名を呼ばれた、木陰で1冊の本に目を落としていた青年は、本をパタンと閉じると、微笑を携えた顔を少女──さくらのほうへあげ、否定の言葉を返した。
「おれも、ついさっき講習が終わったばかりだから…」
「良かったぁ〜」
小狼の前で足を止めたさくらは、ハアッと息を整えた後、心底安堵したように息を吐き、笑顔を作る。
そんなさくらの様子に、小狼はくすりと笑みを零すと、キャンパスを出ようと大学の門へ続く道に足を向けた。

「じゃあ…行こうか」
今日はこれから、さくらが行ってみたいと懇願していた喫茶店へ、さくらと一緒に行く約束になっている。
この大学の近くに出来たばかりで、紅茶の専門店らしく紅茶が美味しいと絶賛のお店で、店内もクラシックの音楽が流れていたりと中々雰囲気も良いらしい。
以前からさくらは、この評判の店の噂を聞く度『行ってみたい』と、小狼と顔を合わせては零していたのだが…
ここ数日、休み前に出された課題をやっていた小狼は中々時間が取れず、約束はしたもののずっとそれが延期に、延び延びになっていたのだ。
けれど、それも今日まで。
先程の講習で出来上がった課題を提出した小狼は、やっと約束を果たせるとばかりに、その旨を今朝、さくらに告げ、講習が終わった帰りに一緒に寄ろうと、この木の下でさくらを待っていたのである。

──が。
てっきり顔を輝かせて嬉しそうに『うん!』と頷いて後を付いてくると思った足音が聞こえてこない。
「さくら…?」
小狼は足を止め、くるっと後ろを振り返り、今まで自分がいた木の根本のほうへ視線を移した。
見ると、さくらがその場に立ち尽くしたまま、何か言いたげな表情で、じっとこちらを見つめている。

「…どうしたんだ?」
小狼は踵を返し、ゆっくりとさくらのほうへと歩み寄った。
だが、変わらずさくらは押し黙ったまま。
かけられた声に答えようともせず、俯き、地面に顔を落とす。

「さくら…?」
再度。小狼は優しい声音で理由を問うよう名前を呼びかけた。
「あ…」
それにようやくさくらピクリと反応を返し…ゆっくりと顔をあげ、小狼へと視線を留める。
──瞳に飛び込んだのは、自分を見つめる優しい眼差し。
その視線を受けたさくらは再び申し訳なさそうに顔を地面に下ろしたが…
やがて意を決したのか、ぐっと膝の所で組み合わせていた両手に力を込めると、顔をあげ口を開いた。

「あ、あの…!」
が、勢いが良かったのは最初だけ。『あの…』の後の言葉が続かない。
けれど、それでも『言わなくっちゃ!』と思い、一泊の間の後、何とか続きの台詞を発しようと試みる。

「あの…ね、小狼君…課題、終わったんだよね?」
「あ、ああ」
だけど、やっぱりストレートには言えず、遠まわしに自分が言いたい本当の用件に絡めた問いかけを小狼に投げ、
さくらが何を言わんとしたいのか分からない小狼は、それでも質問に対する肯定の頷きだけを返した。

「そ、そか」
えへへと誤魔化すような笑み。
「じ、じゃあ…あ、あの、ね、実は、ね…」
そして再び言葉を捜すように言い淀む。
その落ち着きなく視線を彷徨わせている仕草から、小狼はピンと、さくらが何を伝えようとしているのかを悟った。

「…さくら」
はあっと息を吐いて名を呼びかけた後。
「課題、終わってないんだろう?」
静かな口調で半分呆れたように問いかける。
「! ──え、えと、あの…じ、実は、そうなの…」
ズバリと言われた台詞に一瞬躊躇したものの、さくらはすぐに素直に小狼の指摘が正しいことを示し返した。

「ったく…」
小狼は再び吐息を零し、さくらの頭をコツンと軽く叩く。
「どうして、もっと早く言わなかったんだ?」
責めるような言葉は、だが語尾が柔らかいため、まるで子供のイタズラの理由を優しく尋ねてみる母親のようで。
「…ごめんなさい。自分で全部やってみたかったの……」
それに、しゅんっと。さくらは叱られた子供のように謝り、理由を口にした。

「いつも小狼君に助けてもらってばかりだから悪くって…だから今度は全部自分でやってみようと思ったんだけど…」
「終わらなかったんだな?」
ポツポツと歯切れ悪く答えた自分の台詞を、さらりと続ける小狼。
全てお見通し、というわけだ。
さくらは顔を赤くし、コクンと頷く。
「う、うん…」
そしてチラリと小狼の顔を盗み見るように見上げた。
「だ、だから、その──」
「手伝ってくれって言うんだろう? ──今日の予定は変更だな」
こちらもお見通し。
自分の期待通りの返答を貰い、さくらは、
スタスタと、今度は先ほど歩き出した方角とは逆の…大学の校舎に向かって歩き出した小狼を、慌てて追うべく駆け出した。

「ご、ごめんなさい!!」
「…確か、この課題を提出しないと、夏休み返上で終わるまで夏期休暇はないと言ってたからな」
声を上げ、謝るさくらに、小狼はボソリと呟くように声を零す。
「…え?」
それに、さくらはキョトンと前を歩く小狼を見つめるが。
「軽井沢…へ行くんだろう? だから…終わらないと、おれも困るから……」
ピタリと足を止めて振り返り、そう囁くように語り掛けてきた台詞に。
さくらは『あ!』と、休み前のある日、自分たちが計画していた旅行の話を思い出した。
──夏の避暑地として人気が高い軽井沢。
確かに、休みに入ったらすぐに行ってみようとペンションの予約を入れ、電車の切符も買ってしまった。
ちょうど何かの催し物もやっているらしいからと。
夏休みに入ってすぐの日にちに……

「ご、ごめんなさい! あ、あの、明日わたし、おごるね。すっごく美味しいアイスクリームのデザートが入ったって言ってたから…」
つまり、明日中に提出しなければならないこの課題が今日までに終わらなかったら、全ての計画は水の泡となってしまう。
そう示唆するように言ってきた小狼に、さくらは再びペコリと頭を下げて謝ると、
お礼に──と、今日が駄目になったから恐らく明日行くであろう喫茶店のお金は自分が出す旨を告げた。

それに小狼は思わず苦笑い。
どこかの黄色いぬいぐるみと違って、自分はアイスクリームと聞いて大喜びするわけではないのだから…と思い、
別にいいから──と断ろうとしたが。

途中で、ふと。
何かを思いついたのか。
「そんなものより…」
そう言いかけた後。すっとさくらの耳元に顔を近づけ…
「──」
ボソリと何かを呟いた。

「!」
途端に、かああぁっとさくらの顔が真っ赤に火照りあがる。

小狼は『冗談だ』というように微笑を零すと、再び踵を返し、校舎に向かって歩き出した。──けれど。

「うん、分かった…」
ポツンと。吹く風に乗って運ばれてきた小さな了承の声。
「え…」
その声が耳に届いた小狼は、驚いたように目を瞬き、さくらのほうへと振り返った。
──瞳に映るのは、頬を紅く染めながらも、自分に向かって笑顔を返しているさくらの姿。

「そ、そうか…」
少々紅色に染まった顔をさくらに向け、
ポツリと。
こちらも囁くように返したのは、了解の意志?

 

──涼しさを伴わない夏の南風が吹き付け、2人の間を駆け抜け、木々を揺らしていく。

 

夏期休暇に入った初日。 2人は無事に、計画通り旅行へと出掛けられたのでしょうか?

 

 

<著者コメント>

小狼がさくらちゃんに何を呟いたのか。
想像した台詞によって、貴方が2人に何を求めているかが分かります(笑)


フェリシア様から頂きました!
なんと713キリリクイラストの[大学生な二人のツーショット]を元に書いてくださいました〜!!!
もう読んでる間私は悶えっぱなしで今にも走り出しそう…(笑)
私の絵より全然二人が「らしい」し…本当に素敵です〜。
そして最後にすばらしい妄想判断が(笑)
え!?私が想像したセリフですか?安直すぎて言えません………。

お忙しい所、本当にありがとうございました〜!!!

 

 

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