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「だ〜い好きッ!!」

小狼の制止も聞かず、さくらは暗闇から光のなかへ、
一直線にジャンプしてきた。
そんな彼女をまぶしそうに見ながら、あわてつつも小狼は
無意識のうち両手を差し伸べる。

さくらの体を、その勢いごと受け止めたつもりだったが、
すでに体力・魔力を消耗しきっていた小狼は、腰からくだけ、
2人はその場に座り込んでしまった。

「・・だから、もう無茶すんなって・・」

小狼は言葉をとめた。

さくらが涙を溜めた目で、満面の笑みを浮かべている。
どんなに怒られても、全然へいき!とでも言いたげに、小狼の心配などそっちのけだ。
そして、そっと、おでこを小狼の胸にくっつけた。

「私の声、聞こえたの・・?・・わたし、わたしね・・・・」

そう言って、小狼に体を預ける。
小狼は、久々に顔の赤くなるのを感じていた。
ここ何日か、小狼はさくらの心の負担になりたくない一心で、
自分の感情に目を背けていた。
今、その必要は無くなったことを、知っている。
きゅっと小さくあごを引き、さくらの両肩に手を置いた瞬間だった。

(ん?この感じは・・まさか・・・)
記憶があった。こんなとき、さくらは・・

「やっぱり寝てるーーーッッ!!!」

小狼は思わず声に出して叫んでしまい、小さくため息をついた。
(魔力を使いきってるんだ。仕方ないさ)
苦笑いをして、さくらの無邪気な寝顔を覗いた。
クロウカード52枚の魔力に匹敵する、「無」のカードを封印し
さくらカードへ変えたのだ。
最後に「跳」を使えたのが不思議なくらいだった。

小狼は落ち着きを取り戻すと、皆のことが急に気になった。
苺鈴や大道寺、そしてケルベロスと月は無事だろうか?
そろそろこの遊園地にも人々が「無」から戻ってくる。
そうなる前に、皆と出なくては。

小狼は、眠ったままのさくらを両腕に抱え、静かに階段を降りはじめた。
疲れたのか、少し顔が青白い。
でも規則的に行う寝息は甘く、穏やかだった。

小狼はそんなさくらを見て、なぜか胸が痛んだ。

(・・さくらは言った。こんな俺のこと、一番だと・・)

この腕の中のさくらは、きっと幻なんだ
そして、少しでも目を離したら、夢のように消えてしまうんだ・・・

まるで、こわれやすいものを抱いている気がした。

(こいつ、こんなに背ちっこかったっけ?女の子ってこんなに軽いのか?)
じぃっと、さくらを見つめていたが、自分の考えたことに、
自分で恥ずかしくなり、また赤くなる。




不意に、いくつもの視線に捕われた。

「さくら!!」「小狼!」
気が付くと、小狼は時計塔の入り口まで降りきって、外に出ていた。
入り口を囲むように皆が待ち構えていて、2人の方へ走ってくる。

「小僧、さくらも無事なんか?!!」
「2人とも、お怪我はありませんの?!」
わっと2人を取り囲む。さくらの様子を見て、とても心配しているのだ。

「あぁ、なんとか大丈夫だ。眠っているだけだから。・・カードも封印した。」
その言葉は、皆が一番聞きたかったものだった。
安堵の空気が辺りを包む。
「なによ〜、そうだったの?私たち、無から戻ってきた時
この時計塔には入れなくって、とっても心配したんだから〜!」
「入れなかった?そんなはずはない・・?」
首をひねる小狼に、月が言った。

「・・・主の左手だ。」
見ると、いつの間にかさくらの左手に、「盾」のカードが握られている。
一体いつ発動させたのだろう?眠りに落ちてから、無意識に使っていたのだろうか。
でも、なぜ・・・?

ハテナマークを出しまくっている小狼やケルベロスをみて、知世は一人ニコニコしていた。
いや、月も理解しているのか、小さくため息をついている。

「さくらちゃんにとって、とても大切な空間があったのですわね、きっと・・。」

大切に思う気持ちが強いほど、「盾」はその力を増す。
知世は誰よりもそのことを知っていた。

「なんや?この時計塔になにが入ってたんや?もしかして、めっちゃ美味いもんか!?
さくら、まさか食い過ぎで寝てんのんか!?」
「・・やっぱりおまえの思考は、食べ物中心に回っているんだな」
小狼とケルベロスとの間に火花がちっているのをよそに、
苺鈴もやっと察した様子で、眼を輝かせた。
「くぅ〜やったわ!!やっと日本に来た目的を果たせたわ!!」
火花を散らしていた二人だけがキョトンとしている。

その時、知世が優しく、どこか淋しく微笑んだことに誰も気付かなかった。

(よかったですわ、さくらちゃん・・。)

「ねぇ小狼、『一番大切な想い』はどうなったの?カードが封印出来たってことは
誰かの想いが引き換えになったということなの?その様子では、小狼も
木ノ本さんも大丈夫だったようだけれど、どういうこと?」
全員、ハッとして小狼を見た。そうだ、表面的な無事に安心して、
その事まで考えが及んでいなかったのだ。

小狼は、さくらを抱いたまま、皆の顔を見渡し答えた。
「それが、よくわからないんだ。詳しく説明したいけど、今は時間がないだろう?」
「・・でしたら、私のお家へいらして下さいな。
母には、うまく説明できると思いますし、さくらちゃんのご家族にも、ご連絡できますわ。」
知世の申し出をありがたく受け取り、漆黒の闇の中を、
ケルベロスと月の手により移動した。

眼下では、何が起きたのか解っていない人々が狐につままれた表情を浮かべていた。

――ただ分かっていたのは、なでしこ祭は終わった、という事だった――


ケルベロスは、小狼とさくらをその背中に乗せた時、少なからず驚いた。
(残された力は、まあゼロに等しい。
・・・せやけど、魔力の質が以前とは比べ物にならん。
ステージが変わったっちゅうことか?・・・小僧)
少し後ろから、苺鈴と知世を抱きかかえて飛んでいる月のほうを向くと、
やはりこちらを見て、うなずいた。

この事でだろうか、さくらの無事を確信した月は
大道寺家に着くなり桃也のもとへと向かう。


大道寺家では、慌しさが待っていた。
それでもようやく知世の母をごまかし、藤隆にさくらの無事と
今夜の急な宿泊を伝え、学級委員の山崎に明日の片付けの段取りを聞いた後、
広すぎるくらいの客間で一息つくことができた。

「さくらちゃんは、隣のお部屋でやすんでもらっていますわ。
今のところ、何も心配はないようですが・・。」
知世が、全員分のお茶と夜食を持って部屋に入ってきた。

「大道寺には、今回ほんとうに迷惑かけているな、すまない。」
小狼がボロボロになった帽子を脱ぎながら、知世に謝る。この服も・・。

「いいえ、いいえ、全て私が望んでしていることですから。」
知世は静かにトレイを下ろす。
「私には、魔力もなにもありません。
ですが、暖かいお茶とくつろぐ空間くらいはご用意できます。
それが、今の、私に出来ることですから・・。」
とにっこり笑って答えた。それを見て小狼も安心して笑みを浮かべた。
(それに・・さくらちゃんの撮影チャンスも増えるというものですわ)
知世の目が怪しく光った!!

小狼は、「無」の封印の時の様子を、自分の知る限り話した。
自分がたどり着いた時、さくらがカードの橋をわたり、「無」へ向かっていたこと。
クロウカードに封印し、さくらカードに変わったとき、確かに「無」が小狼を包んだこと。
次の瞬間、なにか暖かいものに守られ「無」がはじけ、気が付いたときには
さくらが泣いていたこと・・・・

「多分、誰も『一番大切な想い』を失くしていないんだ。」
「そーりゃ不思議やな〜。一体なにが守ってくれたんや?
わいと月でないことは確かや。今回はえーとこなしやったし・・」
「柊沢くんでしょうか?」
「クロウ・リードの生まれ変わりってやつのこと?前回さんざん小狼たちを
いたぶってくれたみたいじゃない。名前もヘンだし、絶対にちがうわよ!!」
「あのなあ・・・」
――こんな調子で、結局結論は出ることはなかった。

「でも・・・」
知世がふと気付いたように言った。
「李君のお話、一部ワープしているような気がするのですが・・」
その後、真っ赤になっておたおたする小狼を、皆が問い詰めたとか。

夜がさらに更けた頃、誰からともなくそれぞれの部屋へ解散し始めた。
もちろん、ベッドに入る前にさくらの様子を確かめることを忘れなかった。
さっきよりずっと顔色が良くなっている。
皆ほっとして、口々におやすみを言い合った。



小狼は、一人さくらの部屋から離れられないでいた。
自分の胸のなかで、眠りに落ちたさくら。
再び目を覚ますのを見届けなければ、安心できない。
さくらの眠るベッドの傍らに、そっとひざまずき、ただただ寝顔を見守った。

時間が、さくらのまつげの先に止まっていた。



―――さくらは、夢のなかで遊園地にいた。

「・・みんな、みんないなくなった・・・」
暗闇の中、ベンチの上で一人膝を抱えていた。音さえそこには無い。
(ふぅ・・・)
そのまま膝小僧に顔をうずめる。どこからともなく「無」があたりを支配し始めた。
さくらは近づいてくる「無」に気付いたが、その場を動かない。
「もう、何も考えられないよ・・」
自分が誰なのか、何をしたいのか、どこへ行きたいのか、何一つわからない―――
まさに「無」に呑み込まれるその瞬間、誰かがそっと手を引っ張った。

暗くて顔が見えない。けれど、その手は痛いくらいしっかりと、さくらの手を握っていた。
(この手は――この人は――)

「・・・・小狼くん」
さくらは自分のつぶやいた声で目が覚めた。見慣れない天井。薄闇に包まれた部屋。
しばらくぼうっとしたが、ようやく昨晩のことを思い出した。
遠くなる意識の中、小狼に優しく抱きかかえられた事も。
「ひゃぁ・・!」小狼くん、あきれただろうな。
頭がはっきりしてきた。と、同時にそばに誰かがいるのに気付く。

「小狼くん!!」
今度は、思わず大きな声をだしてしまい、慌てて自分の口をふさぐ。
起こしちゃいけない・・・さくらは少し身を起こした。
小狼はひざまずいたまま、ベッドにつっぷしている。
顔はこちらを向いていることから、多分、さくらを見守りながら眠ってしまったのだろう。
小狼の顔を見て、やっと安心感が心に広がった。
(一緒に帰って来れたんだ・・よかった)

自分の寝顔はさんざん見られてきたけれど、小狼の寝顔なんて、初めて見る。
起きているときは、いつだって気の張った顔をしているよね。
でも、今はなんてあどけない顔をしているの?それに・・・
「小狼くんの寝顔って、なんだか笑っているみたいだよ〜」
クスクス笑った。
なにか、秘密の宝物を見たような気がして、すごく嬉しい。

どこからか、部屋に風が舞い込んできて、小狼の髪をサラサラと撫でた。

月明かりの中に浮かぶ小狼の姿が、まるで絵のようでしばらく見とれていたが、
不意に、さくらは小狼の手の甲の血に気付きドキッとした。
少しだが、滲んだまま固まっている。

(・・この手、私の事たくさん助けてくれた手・・。)

その手を目にし、さくらは心が震えていた。
指が細く長く、まるでその顔立ちのように端正な手だ。
深爪しそうなほど、短い爪が小狼らしい。
思わず自分の手を伸ばし、そっと小狼の手に触れてみた。

――さくらは、ハッとした。
(・・小狼くんが差し伸べてくれてたんじゃない!)
もう一度小狼の寝顔を見つめる。

「わたしが、この手を求めてたんだ・・・・」

さっきの夢だって、本当は、ずっとこの手を待ってた。
どうして、今まで気が付かなかったのだろう?
かなり長いこと、きっと、心ではいつも小狼を呼んでいた・・・

手を握られた感触がして、小狼はパチっと目を覚ます。
その視線の先では、さくらがまっすぐにこちらを見つめている。「どわっ!!」
しかし、なんだか様子がおかしい。

「――どうした?どこか痛い・・のか?」
「・・・・・・・」
小狼の胸に不安がよぎった。まさか、まだ「無」の力が影響しているのか?
さくらのそばに歩み寄り、顔をのぞきこんだ。

その時。さくらはその細い腕を両方、小狼の首にゆっくりとからませた。
「・・さくら・・?」
小狼は、頬にさくらの髪のやわらかい感触を感じながら、そのまま床に膝をつき、
なにが起こったのか分からないまま、動けないでいた。
さくらが少し震えている。知世の着せたネグリジェ越しに、それが伝わってくる。
何か言葉をかけようとした時、さくらの口がやっと開いた。

「・・・すき・・だいすき・・」

耳元でする、このささやくような声を、小狼は信じられない気持ちで聞いていた。

「・・やっとわかったの。この気持ち、どんなことがあっても、
きっと無くなりはしなかったの。
誰かに奪われても、絶対にすぐ、想い出せるんだよ。だから・・・」

―――こんなに甘く切ない抱擁がこの世にあったなんて。
きっとどんなに強い奴も、はちみつのように溶かされてしまう――

小狼は怖いほどの幸福感を感じていた。
胸の鼓動が、さくらに聞こえやしないか心配だった。

「だからね、私もう何もこわくないよ・・小狼くん・・」

いつだったか、俺が、安心感から思わずさくらを抱きしめたっけ。
あの時さくらはキョトンとしていた・・・

小狼の顔から思わず笑みがこぼれる。あぁ俺は、本当に、自分でも不思議なくらい・・・

「――さくらのことが、好きだ。」

そして、さくらの背中に手を回し、その甘い香りの漂う髪に頬を寄せ、小さな声で言った。
「・・・おれだって同じ気持ちなんだ・・」
いつまでも、さくらへの想いを繰り返す。きっと何回消えても。
だから、「無」を恐れなかった。

小狼にぎゅっと抱きしめられて、さくらは泣きたいような気持ちがしていた。
小狼くん、わたしの想いをちゃんと受け止めてくれた。
伝えられて、本当に本当によかった。

(「希望」のカードさんも、きっと喜んでくれてるよね・・・。)

しばらくそうしていた。それ以上言葉はなかったが、2人には十分だった。
小狼くんって、いいにおいがする・・・
どこか夢の世界の中にいるようで、他のことは何も考えられない。
暗闇に光るレンズにも気付かない・・・

さくらは、ふわりと体が宙に浮くのを感じた。
小狼が体をかたむかせ、さくらを再びベッドに寝かせたのだ。

「・・もう少し、寝た方がいい。おれ、おまえが眠るまでここにいるから・・」
「うん・・」確かに安心感から、とろん、と再び眠くなっている。

「ね、小狼くん。」
「なんだ?」

さくらは、思わず呼んでしまった。
言いたいことがたくさんある気がするのに、なにも言えない。
でも本当に小狼君の話し方って、ぶっきらぼうで、それなのにどこまでも優しい。
さくらは、にっこり笑って言った。

「・・・小狼くんの寝顔、かわいいね」
「!!!」
「おやすみ!」

さくらはガバッとふとんをかぶった。小狼が、赤い顔でため息をついているのが分かる。

(少し遠回りしたけど、やっと追いついたよ、小狼くん。)
さくらは、フワフワとした感覚が消えぬまま、その眼を閉じた。


――自分の「こころ」がわからなくて、暗闇の中を、ずっと捜し歩いてた。

でも、わたしの求めているもの、わかったよ。

新しい『物語』が、今始まったんだね・・・



夜明けが近い。
洗い立てのシーツのような、まっさらな一日がやってくるのだ。
少年と少女達の、彼らだけが持つ特別な時間。
それは、まだほんの少し始まったに過ぎなかった。

そして、これからたくさんの物語を作っていくのだ。
でも、それは、ANOTHER STORYで・・


おわり


劇場版その後の小説は数あれど、なんだか全く新しいタイプを読ませて頂いた気がします…。
新鮮なラブラブ、読み終えた後のこの爽快感はすばらしい!
そして知世ちゃん、あなた面白すぎ(笑)

もうねー、どこを読んでも胸がキュンキュンするけど、特にツボなのが
夜の抱きつき〜〜〜!!!萌え!激しく萌えええ〜!!!
くう、小学生にしてこんなラブシーンが読めるとは………妄想にも力が入るってもんです!

すごいよじいまさん!本当にありがとうございました!

 

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