Call my name 1


 

「さくらちゃんはいないの?好きな人。」

じめじめとした雨の日が多い梅雨の時期、体育の授業はしばしば自習となる。
今日も昨晩から降り続く雨のせいで、マラソンの予定だった授業は体育館で自由行動となった。
女の子達にとっては、格好のおしゃべりタイムだ。

「ね、ね、どうなの?」
と、身を乗り出して聞いてきたのは、違う小学校から来た新しい友達。
そんな事突然聞かれても!とおたおたするさくらを、知世は無言で笑っている。
「あ〜、わたし知ってる!!」
得意げに大きな声で言ったのは、友枝小出身の子。別のクラスだった子だ。
「・・・ほえ?」
さくらは、いきなりの自分の好きな人の事が話題になるなんて、慌てるばっかりで何も口を出せない。
ひょっとして、小狼くんのこと知ってるの・・・? 緊張感が背中を走る。
「名前は知らないけど、星篠高校にいたひとでしょ?メガネの・・・」
あうー、雪兎さんだよ、それ。
「・・・とっくに、失恋してるよ〜」 さくらは、やっと発言できた。あ、ごめん・・とさっきの子が謝る。
「じゃ、今はいないの?!」
10人ほどの女の子の眼が、どうなのといっせいにさくらに詰め寄る。
「ど、どうして、怖い顔して聞くの?」
さくらはたじたじと後ずさりしたが、皆答えるまで許さない、とでも言いたげな顔だ。

「とっても、すてきな方ですわ。」
知世が、笑顔できっぱりと言った。
「そのうち判りますわ。ね、さくらちゃん?」
だから今はこのくらいに、という感じでその場をおさめた。
「やっぱり、いるんだー好きな人」「あらら〜あいつ、すごいがっかりしちゃうよ〜」
その話題は終わりそうになかったが、それ以上問い詰められはしない様子にさくらは安心して胸をなでおろす。
『ありがとう、知世ちゃん』『いいえ。』小さな声で、ささやきあった。

その日放課後、さくらがプリントを抱え廊下を歩いていると、小狼は男子生徒と教室の入り口で立ち話をしていた。
今さくらの隣には、小狼ファンを公言する女の子がいる。
先程の女友達の言葉が頭に浮かんださくらは、うつむき、緊張した足取りで小狼のクラスの廊下にさしかかった。
小狼の視線を感じる。ますます、身を硬くしてしまう。

「きゃっっ」
さくらの鼻先で、何かがはじけた。痛くはなかったが、びっくりして足を止めた。
周りを見ると、小狼の指がなにかをはじいた形をしている。
いたずらっぽい眼だけがこちらを向いて、からかうように笑っていた。
(小狼くんのしわざ・・?)きっと、風をあやつったんだ。さくらは、かぁっとなった。
「さくらちゃん、どうかした?」
隣にいた子が不思議そうにさくらを見ているが、小狼のしたことには全く気付いていない。
「う、ううん、何でもないよ。」
あわてて早足で歩き出し、小狼のクラスを通り過ぎたところで、少し後ろを振り返る。
(もーうっ!!小狼くんったら!)
隠す必要はないのになぜかドキドキして、誰かに見られたのではないかと辺りを見回す。
隣では、小狼を見た感動を熱く語るクラスメイト。
ひそひそ・・・・くすくす・・・どこかから聞こえる声。
さくらはとても居心地が悪かった。

帰り道、知世と2人きりになったさくらは、不安げに言う。
「なんだかね、気のせいかもしれないんだけど、わたし笑われてる気がするんだー。」
「まあ、どなたからでしょう?」
「うん・・・いろんな人から・・」 わたしの顔見て、一緒にいる人に耳打ちしたり、つつきあったりするんだよ、ひどいでしょ!!と知世に訴える。
「ね、知世ちゃん。わたし、どっかへん?おかしいの?」
真剣に聞くさくらに、知世は、まあまあさくらちゃんたら、と微笑んだ。
「小狼くんも、似たようなこと言ってたの。私たちって、もしかして2人してからかわれているのかなぁ?」
まあまあ、李君まで。知世はさらにおほほと笑い、不安げなさくらを安心させるように、その手を握った。
「大丈夫です、さくらちゃん。だれも、さくらちゃん達を笑ったりからかったりしているのではありませんわ。・・・今のところ。」
さくらちゃんと李君の事は、多分わたくししか知らないはずですから、と知世。 その言葉にさくらは安心するが、じゃなんで?と解けない疑問に頭を悩ます。

本当に、さくらちゃんと李君は2人してふんわりですわ。
つっこみ役を募集しないと、永遠に2人でボケたおしで、そうなったら・・・
「前説もつとまりませんわ!!」小さな声で知世は心配げに叫んだ。

事実新入生の中で、さくらの可愛いさはひときわ目立っていた。
さくらが誤解するほど、男子に限らず女の子まで皆の注目を集め関心を引いている。
小狼の方は小学生の時はともかく、友枝中に編入するや騒がれる存在になっていた。
ルックスはもちろん、クールで大人っぽいけどシャイな雰囲気をもつが所以だ。
ただし、一部では怖い人とも思われていた・・。

もちろん自分がそんな眼で見られているとは、2人は信じられない程全く気付いてない。
視線は感じるものの、さくらはてっきり笑われていると勘違いしているのだ。
余談だが、知世は上級生の男子と先生のアイドル的存在になっていた。

「・・・友達の前で小狼くんと話しづらいの。」
特に小狼に好意をもつ女の子の、その眼に気付いてしまうことがこれまで何度かあり、そのたびにさくらは胸が痛む。
そんな考え事がまるで聞こえていたかのように、知世は言った。
「さくらちゃんと李君は本当にお似合いですから、どうか自然体でいて下さいね。」
さくらには、知世の言葉が嬉しかった。
「別に、隠したり宣言したりする必要ないんだよね?」
知世は、にこおっと笑って頷く。

しつこいようだが、さくらと小狼の関係は、知世しか知らないことだったのだ。
そう、あの日あの事件が起きるまでは。

 

梅雨の合間の、ある晴れた日の帰り道―――
さくらは知世や千春たちと、新しく開店したアイスクリーム屋に寄り道しようとしていた。
みな中学生活にもようやく慣れた頃で、楽しい日々を報告しあう。
ある教師のものまねや、すてきな先輩を発見したこと、ほんの他愛もないこと。

商店街の人通りの多い中で、まさかこんな事件を堂々と起こす奴がいるなどとは、考えもしなかった。


プルルルルル

さくらの耳元で、耳障りな携帯電話の着信音が鳴った。もちろんさくらのではない。
うしろを振り向くと、体が触れるほどすぐ側に見知らぬ男が立っていて、よどんだ声でささやいた。

「・・・やっとこっちを向いてくれたね」

その眼は、さくらを見ているがどこにも焦点があっていない。あきらかにまともではない。
魔法でどうにかなる相手ではないと直感で思った。
さくらは経験した事のない種類の恐怖感に、声も出せず、ひきつった顔になり足がすくむ。
しかし、その大きく開かれた瞳だけは、男の手に握られたサバイバルナイフを追っている。
そしてその刃先は、しっかりとさくらの方に向けられていた。

 

その頃。小狼はまだ学校に残り、先生に頼まれた力仕事を何人かで片付けていた。
作業が終わりにさしかかった頃、不意に引き裂くような痛烈な感覚が小狼の頭からその身を貫く。
小狼の背中に悪寒が走り、その顔が青ざめた。

今、さくらに何かあった―――!!

「おい、これくらいで帰ろうぜ」
男子生徒の一人が、小狼のほうを振り向いたとき、すでに小狼は居ない。
3階の教室の窓から飛び降り、もう学校を出ていた。


「小僧、乗れ!飛んだ方がはやい!!」
人目につかぬ様、屋根の上を最速で駆けていた小狼の頭の上で、ケルベロスが叫んだ。
月もいつもに増して深刻な顔をしている。
「さっきの感覚、やっぱり・・・」
「主だ。―――しかも、『生命の危機』レベルだ。」
カードの守護者達は、主の危機を敏感に察知する能力を持つ。その精度は、かなり高い。
その一人である月が今『生命の危機』と言った事に、小狼は胸がつぶれそうだった。

「だいじょうぶや、とりあえず最悪の事態にはなってない!」
小狼を背中にのせたケルベロスが、不吉な空気を吹き飛ばすように言った。
しかし、一刻も早くさくらの元へ!!3人とも、もう言葉はなかった。


「・・あ・・あ・・・」
さくらは、叫び声も出せない。背筋が凍りつき、意識は虚しく空をさまよう。

その時、知世がその美しく通る声を、辺り一帯にひびかせた。
「キャーーーーーー!!ちかんですわーーーー!!」
なぜ、知世がこの時「痴漢」と言ったのかは、後で知ったことだが、そう言ったほうが他人が助けてくれやすいからだ。
哀しい事に、「助けて」という言葉は警戒される世の中なのだ。

とにかく、その声で周りの大人たちがすぐにその男を取り押さえた。
全く抵抗しなかったところを見ると、最初からナイフで誰かを傷つける気はなかったようだ。
しかしなぜ、さくらを狙ったのかはその時はわからなかった。ただの偶然かもしれない。
幸いにも負傷者はなく、その男は駆けつけた警察に直ちに連行された。

「こ、怖かったね〜」
「さくらちゃん、大丈夫でした?」
手を取り合い、お互いの無事を喜ぶ少女達。
しかし、さくらだけが無表情で瞬きもせず連行される男を見ていた事に、誰も気付かなかった――

 


「・・・ここは、警察署じゃないか!」
「さくら、ここにおるんか?」
ぬいぐるみ状態のケルベロスが、小狼のポケットから顔だけ出して、警察署の玄関を見上げた。
月は雪兎に戻り、警察署の中から桃矢に電話をしている。

「・・・さくらちゃん、無事だったよ」
刑事から事情を聞いてきた雪兎が、まだ顔色の悪い小狼に言った。
「さくらちゃんね、商店街で男にナイフをつきつけられたんだって。」
「なに!!!」  「ほんまか?!」
それが生命の危機か。どんなに怖い思いをしたことだろうか!
小狼は、その犯人を引き裂いてやりたい衝動にかられた。
「犯人は・・精神障害者だから、罪に問われない可能性が高いんだ。」
雪兎が、わなわなと憤りに震える小狼をなだめるように言った。

(罪に問われない・・・?さくらをそんな目に会わせたのに?!)

「で、さくらは今なんしとるんや?」
「事情聴取だって。一緒にいたお友達と、刑事さんに話しているみたいだよ」
「怪我とかはないんやな。」
「うん。でも、心の傷の方が心配だね・・・」
雪兎はケルベロスと、いつの間にか当り前に会話するようになっていた。
それを小狼は気にもせず、さくらのいるであろう廊下の奥をいつまでも見つめた。

2時間ほどして、さくら達が次々と部屋から出てくる。
この頃には、それぞれの保護者が勢揃いして、むろん桃矢と藤隆も既に駆けつけていた。

「お父さん、お兄ちゃん。雪兎さんまで・・」
さくらは、元気そうにたたっと走ってくる。
「さくらさん・・・本当によかった。もし、さくらさんに何かあったら、僕は撫子さんになんと謝ったらいいか分からないところでしたよ。」
藤隆はさくらをぎゅっと抱きしめた。桃矢も何も言わず、さくらの頭をくしゃっと撫でる。
「うん・・ごめんね。心配かけて・・」

藤隆が知世と園美にお礼を言っている間、桃矢と雪兎は刑事に詳しい説明を受け、さくらは、きょろきょろとある人を探していた。
「おいさくら!!」見ると、陰からケルベロスが呼んでいる。
「ケロちゃん!!来てくれてたの?」さくらも陰に隠れる。
「ほんっまに心配したで、今回は。で、だいじょうぶなんか?」
「うんっ何とも無いよ。知世ちゃんのおかげで、すぐに助けてもらえたしね。」 にっこりと笑って見せた。
みんなに心配かけちゃったぁ、と言ってまたきょろきょろする。

「小僧はな。」
さくらは心を見透かされているのを気にもせず、うんっ、と飛びつく。

「だれよりも早くここに着いて、ずっとさくらのこと、待っとった。・・・ずっと。」
「――うん」
小狼くん、来てくれてたんだ。さくらはきゅんとなった。
「さっき、さくらの無事な顔を遠くから確認しておらんくなった。・・・あいつ、なんも言わんかったけど、多分むちゃくちゃ自分を責めとるやろな。」
さくらの顔が、『いない』という言葉に、みるみる曇る。

(小狼くん・・・。今ここにいてほしかった。どうして自分を責めたりなんかするの?)
さくらは、小狼がどんな想いで自分を待っていたのか想像もつかないと思ったが、きっとすごく心配してくれてたのだと思う。
小狼くんに、逢いたい。さくらは胸をぎゅっと押えた。


小狼くんに、とっても逢いたい・・・。
いつもより早い時間に桃矢たちからベッドに押し込まれたさくらは、部屋にケルベロスだけになるや否や、外に出て行こうとしてケルベロスを困らせた。

「頼むから、今日はおとなししとってくれ!」
「でもねケロちゃん、このままじゃ、今日が終わらないよ・・」
そのつらそうなさくらの声に、ケルベロスは思わずひるんだ。
あんな危険な目におうたばっかりやというのに!
困り果てたケルベロスの後ろで、窓がコンコンと鳴った。

「小僧!!」
意外にも、ケルベロスは喜びの声をあげた。これで少なくとも、今夜外出はせんやろ。
さくらが、驚きと最高の嬉びに満ちた顔で急いで窓を開ける。

―――するりと部屋に降り立った小狼は、一言も発さず黙ってさくらの顔を見つめ・・・
・・・そしてかつてないほどの強さで、さくらをきつく抱きしめた。

「・・・・怪我は、・・ないんだな」

藤隆に同じように抱きしめられた時とは全く違う感覚に驚きながら、小狼のその苦しそうな声にさくらは泣きそうになる。

少し鼻にかかったハスキーヴォイス。近寄ると感じる「いいにおい」。不思議な輝きを帯びた瞳。
さらさらとした髪の毛。細いけれどたくましい腕。そして、優しくて暖かい手・・・。

いつからだろう?わたしは小狼くんに恋をした。

「うん。」小狼の胸の中で、仔猫のように小さく頷いた。

ケルベロスは黙って見ている。
自分が、周りの人間にどんなに心配をかけているのかと思うと、さくらは胸が痛んだ。
小狼から、そっと身を離し2人を見て元気に言った。
「もう!!2人ともそんなに怖い顔しないで!・・確かにナイフには驚いたけど。珍しい体験したと思えば平気だよ。」
と、精一杯の笑顔を見せる。

「じゃあ、なぜ・・・」
今『ナイフ』と言う言葉を口にしたとき、どうして足が震えていたんだと小狼は言いたかったがやめた。
口に出してはいけない気がした。
そして、階段を上る音が聞こえると同時に、小狼は煙のように消えた。


次の日の新聞にも小さく載ったこの事件で、学校の話題はもちきりだ。
学校側は、即刻ナイフ類の持ち込みを厳禁とした。
さくら達事件の被害者達は、今日はまわりからの質問攻めにあい、同じ話を何度もさせられる羽目になっている。
小狼は、それが気に入らない。

さくらが取り囲まれている時、小狼はその教室の入り口に来て、ドアをコンコンとたたいて知世を呼ぶ。
「さくらの様子は?」小狼の眼には、さくらは一見元気そうだ。
「皆さんが心配してくださっているのだから、と一生懸命それに応えようとなさってますわ。・・・当分、刃物は見せない方がいいのかもしれません。」
「あぁ。わかってる」
今度さくらをあんな目にあわせる奴がいたら・・・小狼は拳を強く握り締めた。
「李君、その手・・」
何かに強く打ちつけた痕を知世は目ざとく見つけたが、それ以上何も言わずに、遠くからさくらを見つめる小狼を心の中で応援した。

さくらに恋する男の子達は、この時大なり小なり小狼と同じ気持ちでいたに違いない。
自分がさくらを守りたい・・・と。

 


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